上野せいぶ(上野西部地区住民自治協議会が発信する伊賀上野城下町の歴史と伝統、暮らしの情報)

探訪シリーズ

No.3:万吉稲荷神社(まんきちいなりじんじゃ)

万吉稲荷神社正面

伊賀市上野中町の中町公民館と中町桜車蔵の間に、万吉稲荷神社があります。

この神社は、明治3年(1870年)12月に神託により、大阪から遷ってきた神社です。その由来は、豊臣秀頼の家臣であった木村長門守重成の邸宅の鎮守であったものが、元和元年(1615年)の大坂夏の陣で重成が討ち死にした後、その地が藤堂藩蔵屋敷となったことにさかのぼります。

現在の大阪市北区、造幣局の北方がその地で、江戸時代を通じて大阪に鎮座していました。時は明治維新、その地が造幣局設置のため官有となるにいたり、同神社は上野中町の教諭所(現在地にあった教育施設)内へと遷座したのです。

明治43年(1910年)から戦後まで、国の政策によって上野東町の菅原神社(上野天神宮)に合祀された時期もありました。しかし伊賀上野の人々による崇拝は絶えることがありませんでしたので、元の地へ戻ってきた現在では、毎月12日午後3時より祭典が上野中町の住民を中心に行われています。また12月12日には「お火炊き祭」、3月吉日には「初午祭」がおこなわれています。

所在地

伊賀市上野中町

キーワード

百度石, 神社・寺社